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わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。 愛する者たち、神がこのようにわたしたちを愛されたのですから、わたしたちも互いに愛し合うべきです。


                  ヨハネの手紙1 4章10節から11節 新共同訳聖書



更新履歴

2026年7月12日
本渡・大江・崎津各教会サ予定他

2026年7月05日
井手公平主任司祭コラム

2026年6月28日
本渡・大江・崎津各教会今月の聖書

2026年6月22日
本渡教会の動き

2026年6月14日
管理人の呟き



トップページ画像 

天草市牛深にある遠見山展望所からの景色です。

享保2(1717)年にこの地と﨑津に番所が置かれたそうで、
南蛮船の来航監視、抜荷(密貿易)の取締りと漂着唐蘭船の処理、
などがその任務だったようです。

ことが起こったときは烽火(のろし)をあげて知らせていたらしいのですが、
実際に実行されたのは文化六年の1回だけだったと言われています。
が、さだかではありません。

聖書には、私たちキリスト者は「見張り」だと描かれています。
しっかりとこの世界の現実を見届け、そして祈らなければなりません。


 

 

■カトリック本渡教会
〒863-0015 熊本県天草市
大浜町3-28
電話 0969-22-2758。 

ベスト電器天草本渡店さんの駐車場真向かい 
ドラッグストア・モリさんの真裏が教会です。

 



◆主日ミサ

毎週日曜日 午前10時から

ミサには、聖書も聖歌も持参する必要はありません。

聖書は朗読者の声に耳を傾けて下さい。
聖歌はベンチの棚に置いてあります。

ちなみに、新しいミサ曲は「A」バージョンを歌っています。

はじめての方もご自由にミサに与って下さい。現在、日本国籍以外の方々も主日ミサには与っておられます。

近くの信徒に「はじめてです」とお伝え下されば、ご案内いたします。

毎週、聖体拝領のときにベトナムの女性信徒さんたちがベトナム語の聖歌を歌ってくださいます。

献金の強要などはありません。ご安心下さい。
分からないことがありましたら「はじめての方へ」のページをご覧下さい。

 

◆平日ミサ

変更になる場合があります。事前にお問い合わせ下さい

 

 

■今後のミサ予定

○7月13日月曜日 朝7時から
○7月14日火曜日 朝7時から
○7月16日木曜日 朝7時から
○7月17日金曜日 午後3時から 上天草市 池田さん宅
○7月19日日曜日 年間第16主日 朝10時から
○7月21日火曜日 朝7時から
○7月22日水曜日 午後5時から 鮫島さん宅
○7月23日木曜日 朝7時から
○7月24日金曜日 朝7時から
○7月26日日曜日 年間第17主日 朝10時から
 

■井手神父さま動向(島外)

○7月16日木曜日午前から7月17日金曜日午後まで 手取教会 講座担当
○7月21日火曜日午前から7月22日水曜日午後まで 司祭評議会


◆本渡教会委員会

○8月02日日曜日 ミサの後

 

 

「不法滞在者」という言葉が見えなくするもの 

  今回は、大阪高松教区の社会活動センター・シナピスが発行している「月刊シナピスニュースレター」から、フリーライターの大元麻美氏の記事(タイトルは上記大文字のものと同じ)を転載させていただく。因みに、筆者ご本人とシナピスからは、転載の許可をいただいた。本文は長いが、ぜひ読んでいただきたい。  

 今年5月22日、法務省・出入国在留管理庁(以下、入管庁)は「不法滞在者ゼロプラン強化推進パッケージ」を発表した。昨年5月に策定した「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」をさらに強化し、「不法滞在者」の減少を促進するための八つの取り組みを進めるという。その中には、難民認定申請の審査を迅速化し、不認定となって退去強制命令を受けた人々の送還を迅速にする施策も含まれている。

 私の周囲にはイラン出身の難民認定申請者がいる。彼らの多くは、帰国すれば拘束や拷問、場合によっては死刑の危険さえある人々だ。それにもかかわらず、「新ゼロプラン」のもとでは、「不法滞在者」として減少させるべき対象として扱われる。  

 この「国民の安全・安心のための」政策をめぐる議論には、一つの重大な問題がある。それは、「不法滞在者」という言葉が現実を正確に表していないことである。「不法滞在者」と聞くと、多くの人は犯罪者を思い浮かべるだろう 。しかし、国際社会ではこの言葉はほとんど使われない。国連機関や人権団体 では、Undocumented people(必要な法的書類を持たない人々)や「非正規滞在者」という表現が一般的である。なぜなら、「不法」という言葉は、人そのものを違法な存在であるかのように印象づけるからだ。問題なのは人間そのものでなく、その人が置かれた法的状況である。  

 ところが日本では、入管庁が一貫して「不法滞在者」という言葉を用いてい る。そして、その中にはなぜか難民認定申請者も含まれている。日本の難民認定制度には、以前から多くの課題が指摘されてきた。日本は先進諸国と比べても難民認定率は極めて低く、その背景には、難民認定を専門に行う独立した第三者機関が存在しないという構造的な問題がある。  

 難民認定の判断を行うのは入管庁であり、送還業務を担う組織と同じ組織の中で審査が行われている。難民申請者Aさんは、送還部門の職員から「必ず強制送還してやる」と言われた経験を持つ。その後、その職員は難民審査を担当する部署へ異動した。Aさんはその職員から「私は今、難民部門にいる。君が認定されることはないだろうね」と告げられたという。

 「難民認定」と「送還 」という本来緊張関係にある業務が同じ組織によって担われている現実がある 。  

 さらに問題なのは、第1回の難民申請で不認定となった人々が、それまで保持していた在留資格を失う場合があることである。その結果、母国に帰れば迫害や命の危険があるにもかかわらず、「不法滞在者」と呼ばれる立場へ追いやられる人が生まれる。つまり、「不法滞在者」という言葉の中には、保護を求めて逃れてきた難民申請者も含まれているのである。  

 だからこそ私は、「不法滞在者ゼロ」というスローガンに強い違和感を覚える。数字を減らすことが目的になった時、その背後にいる一人ひとりの人生や事情が見えなくなるからだ。言葉は社会の認識をつくる。「不法滞在者」という表現を繰り返し用いれば、人々は彼らを危険な存在、排除すべき存在として見るようになるだろう。しかし、その中には命を守るために逃れてきた人々が いる。  

 私たちが本当に問うべきなのは、「不法滞在者をどう減らすか」ではない。 なぜその人が非正規滞在の状態に置かれているのか、そしてなぜ保護されるべき人が適切に保護されていないのかである。  

 人を「不法」という言葉でひとまとめにする社会は、やがて人間そのものを排除する社会へと傾いていく。だからこそ今、「不法滞在者」という言葉の背後にいる一人ひとりの顔と人生に目を向ける必要があるのではないだろうか。

 

 

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